株式会社を1人で設立・運営するとは何か
株式会社というと、取締役や社員が複数人いる大きな組織をイメージしがちですが、実は日本の会社法により、1人だけでも株式会社を設立・運営することが可能です。
1人だけで全株式を保有し、代表取締役として会社を動かす形式を「1人株式会社」または「一人会社」と呼び、フリーランスや個人事業主からの法人化を検討している方にとって、選択肢の一つになっています。
会社法施行以降、取締役・株主が同一人物1名でも株式会社設立が認められるようになったことで、開業コストを抑えつつ信用力を得たい起業家や、事業拡大を目指す個人が活用しています。
個人事業主との違いや、設立・運営のポイントを整理しておくことが重要です。
1人株式会社のメリットとデメリット
まず、株式会社を1人で設立・運営することには特有のメリットとデメリットがあります。
以下にまとめます。
メリット | デメリット |
---|---|
・社会的信用力が高いため、法人名義での契約や資金調達がしやすい ・節税しやすい制度が利用できる(給与所得控除や経費計上の範囲が拡大など) ・事業承継や組織拡大が柔軟に行える ・有限責任で資本金の範囲で責任を負う | ・設立・運営にコストや手間がかかる(定款作成、登記、決算申告等) ・社会保険への強制加入が必要となる ・経営者と会社の資金を明確に分ける必要がある ・赤字でも法人住民税など一定費用が発生する |
このように、1人株式会社には個人事業主にはない社会的信用や節税メリットがある一方、設立や運営のための事務手間や負担も大きくなりがちです。
ご自身の事業内容・将来設計によって選択の検討が必要です。
個人事業主との違いと選び方
株式会社1人運営と個人事業主は、事業の主体・責任範囲・税制面で大きな違いがあります。
以下の表にてその主要な違いを整理します。
項目 | 株式会社1人運営 | 個人事業主 |
---|---|---|
設立手続き | ・定款作成・登記が必要 ・登録免許税や公証人費用が発生 | ・税務署に開業届を提出 ・コストはほぼなし |
社会的信用 | 高い(法人格があるため取引先・金融機関の信頼を得やすい) | 個人名義のため信用力はやや劣る |
責任範囲 | 有限責任(出資額まで) | 無限責任(全財産で負担) |
税金・保険 | 法人税・消費税・社会保険強制加入 | 所得税・国民健康保険・扶養可 |
節税の柔軟度 | 役員報酬や経費の幅広い設定が可能 | 経費の範囲や控除に制限がある |
将来の事業拡大や雇用、所得の増加を見据えている場合は、株式会社化による信用力や節税メリットが大きくなります。
反対に、手間やコストを抑え、小規模で完結させたい場合は個人事業主が適しているケースもあるため、自身の事業ビジョン・ライフスタイルに合わせて選択しましょう。
1人株式会社運営者の年収の実態

1人で株式会社を設立・運営している場合、年収は業種や事業規模、事業主自身の営業力によって大きく異なります。
「個人事業主と比べて利益の残し方や所得の受け取り方に違いがある」ため、実態を正しく捉えることが重要です。
ここでは代表的な業種別の年収相場や役員報酬の決め方、年収を増やすためのコツや失敗例について詳しく解説します。
代表的な業種別の年収相場
1人株式会社の年収は「法人の所得」から「役員報酬」として受け取る金額が基本となります。
業種によって利益率や収益の変動幅が異なるため、相場もそれぞれです。
業種 | 平均売上(年間) | 役員報酬(年収目安) | 利益率目安 |
---|---|---|---|
ITエンジニア/プログラマー | 1,000万~2,500万円 | 500万~1,100万円 | 40~60% |
デザイナー/クリエイター | 500万~1,500万円 | 300万~800万円 | 30~50% |
コンサルタント | 1,200万~3,000万円 | 600万~1,500万円 | 40~60% |
士業(税理士・行政書士など) | 700万~2,000万円 | 400万~1,000万円 | 30~50% |
業種によって年収の水準・経費比率が異なるため、同じ1人株式会社でも手元に残る金額には大きな差が出ます。
役員報酬の決め方とそのポイント
1人株式会社の年収は基本的に「役員報酬」という形で月々定額を会社から受け取ります。
役員報酬は原則として事業年度開始後3ヶ月以内に決定し、それ以降は毎月同額で支給する必要があります。
最大のポイントは「節税」と「社会保険料の負担」を総合的に考慮して金額を決定することです。
役員報酬が高すぎると会社に利益が残らず、将来的な投資や資金繰りに影響します。
一方、低すぎると社会保険料の負担は減らせますが生活費や住宅ローン審査等で不利になることもあります。
また、会社に残る利益にも法人税がかかりますので、個人と法人の両面からの最適バランスを探る必要があります。
設定例 | 法人の利益 | 役員報酬(年) | 主な留意点 |
---|---|---|---|
高めに設定 | 少なくなる | 700万円 | 社会保険料・所得税が増加 |
バランス型 | 中程度 | 400万円 | 税負担・保険料もバランス |
低めに設定 | 多く残る | 240万円 | 生活資金の確保に工夫必要 |
「個人の生活費」「将来の投資」「会社に留保する利益」などを考え、事業計画をもとに戦略的に役員報酬額を決めることが求められます。
年収アップのコツと失敗例
1人株式会社の運営では「如何に効率良く収益を上げ、適切に報酬を得ていけるか」が重要です。
年収アップを目指す上での具体的なポイントや落とし穴を紹介します。
年収アップのコツ
- 高付加価値サービスへのシフトや新サービス開発による単価アップ
- 案件の安定獲得やリピート顧客の構築
- 経費を適正化し、利益率を向上させる
- <補助金や助成金>を活用した資金導入
- 外注やITツールなどによる業務効率化・生産性向上
「単に売上を拡大するだけでなく、利益率や経費の見直しを行うことで、最終的な年収(手取り)を最大化することがポイント」です。
失敗例と注意点
- 役員報酬を高く設定し過ぎ、社会保険料や所得税負担が予想以上に増加
- 過剰な設備投資や経費計上により、会社資金がショート
- 税務調査で経費認定されず、追徴課税されるリスク
- 事業計画が甘く、安定した収入が得られない
「的確な事業計画と定期的な見直し、そして信頼できる税理士など専門家への相談」を心がけましょう。
1人株式会社の社会保険制度

社会保険加入の義務と流れ
1人で株式会社を設立し、代表取締役1人だけで運営する場合でも、厚生年金保険および健康保険への加入は法律で義務付けられています。
「社会保険の適用事業所」となり、強制加入となるため、代表取締役が自分1人でも原則として加入が必要です。
加入手続きは会社設立後、14日以内に所轄の年金事務所へ「新規適用届」を提出し、その後「被保険者資格取得届」もあわせて提出します。
なお、協会けんぽまたは健康保険組合に加入することができますが、1人株式会社の多くは協会けんぽを選択します。
社会保険料の計算方法
社会保険料は「健康保険料」と「厚生年金保険料」が主な項目です。
両者とも役員報酬(給与)に基づいて計算され、会社と個人で折半します。
毎月の金額は報酬額によって異なり、都道府県ごとに異なる保険料率が適用されます。
保険の種類 | 計算方法 | 支払い方法 | 主なポイント |
---|---|---|---|
健康保険 | 標準報酬月額×健康保険料率(都道府県ごとに異なる) | 会社と役員が半分ずつ負担 | 扶養家族がいる場合も保険適用 |
厚生年金保険 | 標準報酬月額×厚生年金保険料率 | 会社と役員が折半 | 将来の公的年金受給額に影響 |
なお、標準報酬月額は毎年1回行われる定時決定や役員報酬の見直し時に再設定されます。
社会保険と労働保険の違い
社会保険とよく混同されるのが労働保険(労災保険・雇用保険)ですが、1人株式会社の代表者のみが従事している場合、労働保険(雇用保険・労災保険)の加入義務はありません。
代表取締役は「労働者」に該当しないため、雇用保険・労災保険の対象外となります。
しかし、従業員を雇った場合は労働保険の適用義務が発生します。社会保険は法人であれば人数を問わず適用される点が大きな違いです。
社会保険料を節約するポイント
社会保険料は「役員報酬の設定」によって大きく変動します。
役員報酬を必要以上に高く設定すると社会保険料の負担が増えますが、低くしすぎると将来の年金受給額が減るほか、信用面への影響や所得税・住民税の算定額にも関わります。
節約ポイントとしては、決算時に利益見込みをふまえた上で適切な役員報酬額を決定することが重要です。
また、扶養配偶者や家族が役員・従業員の場合、各人の報酬バランスにも注意しましょう。
社会保険料の節約は節税対策・資金繰りの観点からも重要ですが、過度な圧縮はリスクを伴うため、税理士や社会保険労務士への相談もお勧めします。
1人株式会社の節税術と注意点

役員報酬で節税する方法
1人株式会社の節税において、最も基本となるのが役員報酬の最適な設定です。
役員報酬は毎月一定額を支給することで、法人税と所得税のバランスを調整しやすくなります。
法人の利益を役員報酬として個人に移すことで、法人と個人に分散して課税されるため、総合的な税負担を抑えることが可能です。
ただし、役員報酬の決定は事業年度開始から3ヶ月以内に設定し、その後は原則として変更できません。
また、極端に高すぎる金額は所得税や住民税、社会保険料の負担を増加させるため、最適な金額をシュミレーションすることが重要です。
課税対象 | 主な税金 | 主な負担者 |
---|---|---|
法人利益 | 法人税、地方法人税 | 株式会社 |
役員報酬 | 所得税、住民税、社会保険料 | 代表者個人 |
役員報酬の適切な設定は法人と個人の納税額トータルを大きく左右するため、税理士への相談も推奨されます。
経費計上のポイントと注意点
1人株式会社では適切な経費計上も重要な節税手段です。
法人の業務に直接関連する支出であれば、交通費、通信費、書籍代、事務所家賃など多岐に渡る経費が認められます。
特に、在宅勤務の一部家賃や光熱費、車両費などは、業務使用の割合分を合理的に算出して経費化することができます。
一方で、プライベートな支出や、業務との関連が証明しにくい出費を経費に含めると、税務調査で否認されるリスクがあります。
また、領収書や請求書、支出の使用目的の明確な記録は、経費計上の信頼性を高めます。
主な経費例 | 計上時の注意点 |
---|---|
通信費(スマートフォン・PC回線) | 事業利用割合の明確な根拠が必要 |
家賃・光熱費(自宅兼事務所) | 床面積や事業使用目的をきちんと説明 |
交際費 | 事業関係者との利用である点の証明 |
経費計上を過度に行うと税務署の調査リスクも高まるため、節度を持った経費管理が重要です。
決算対策で使える節税アイデア
決算期前の節税対策として有効なのは、必要な設備投資や消耗品の購入、賞与の支給などの時期を調整する方法です。
また、小規模企業共済や中小企業倒産防止共済に加入することで、掛金全額を損金(経費)として処理でき、節税につながります。
節税アイデア | 概要 | 節税効果 |
---|---|---|
小規模企業共済 | 掛金全額が所得控除 | 所得税・住民税の負担軽減 |
中小企業倒産防止共済 | 掛金全額を損金算入 | 法人税の節税が可能 |
決算賞与の利用 | 条件を満たせば損金算入可 | 当期の法人税節税 |
なお、節税目的で無理に支出を増やすのではなく本当に事業に必要な投資かの判断が不可欠です。
また、翌期以降のキャッシュフローや税負担の先送りとなる場合もあるため、中長期の視点での資金計画を行うことが大切です。
1人株式会社の節税に潜むリスクと注意点
節税を意識しすぎて過度な経費計上や不明瞭な帳簿処理を行った場合、税務調査による否認や追徴課税のリスクがあります。
特に、家族への給与支払や個人利用の経費化、レシートによる水増しなどは、税務当局から厳しくチェックされます。
また、社会保険料を抑えるために役員報酬を不自然に低く設定すると、将来の年金受給額が減少するリスクや、金融機関からの信用低下につながることも考えられます。
節税はあくまで「適正な納税の範囲内」で行い、法的リスクや会社の健全経営を第一に考えることが重要です。
不安がある場合は、早めに税理士・社会保険労務士などの専門家に相談しましょう。
1人株式会社運営者のリアル体験談

設立から軌道に乗るまでの苦労と成功体験
私が1人で株式会社を設立したのは、ITコンサルタントとして独立したときでした。
最初に直面したのは「信用の獲得」と「取引先の開拓」でした。
会社という形態は個人事業主よりも信用が得やすい反面、営業や経理、契約書管理も全て自分で対応する必要があり、最初の半年は資金繰りにも苦労しました。
軌道に乗り始めたきっかけは、法人名義のクレジットカードを活用し、取引先への支払い対応を効率化したことです。
また、税理士や司法書士といったプロの支援を早期に受けることで、設立から経営までの流れをスムーズにできた点も大きな成功要因となりました。
社会保険・年収・節税で直面した課題と解決策
1人株式会社を運営していく中で、社会保険の加入手続きが予想以上に複雑であることに驚きました。
役員報酬をどの水準に設定すれば良いか、健康保険や厚生年金への加入義務、毎月の社会保険料負担の重さなど、自分で調査しながら手続きを進めなければなりませんでした。
課題 直面した状況 解決策 社会保険の手続き 書類提出や計算方法が不明で手続きが遅れがち 社会保険労務士へ依頼し、申請ミスを防止 年収決定 役員報酬と経費のバランスが難しい 税理士とシミュレーションし最適な報酬額を設定 節税対策 経費として認められる範囲の判断に苦労 経費になる細かな支出も領収書保管を徹底 また、「経費計上の考え方」や「決算対策」も、自分だけでは分かりにくい部分が多く、専門家への相談で明確な指針を得られたことが精神的な安心につながりました。
実際に感じた株式会社1人運営のメリット・デメリット
1人株式会社の運営は多くのメリットとデメリットを実感しました。
最も大きなメリットは、会社名義での取引による信用力向上、社会保険への加入による社会的信頼性の獲得、利益が出た際の節税選択肢の多さです。
また、銀行口座開設のしやすさや融資相談の機会増加も感じました。一方、すべての業務を自分自身でこなすため、多忙になりやすく、社内で相談できる人がいないことによる意思決定の負担や孤独感もありました。
社会保険料や法人住民税の固定費負担、役員報酬の設定ミスによる納税負担増加も、独自に経営判断を求められる局面です。
メリット デメリット 社会的信用の高さ 社会保険料や法人住民税の負担増 節税の選択肢が広がる 業務の全負担が自分自身に集中 銀行との取引・融資相談がしやすい 意思決定時の孤独感や精神的負担 特に、「独立して自由度が高い反面、全責任を背負う覚悟」が重要です。
1人株式会社は「自分自身が社長兼従業員」として、経営力と自己管理力が問われる働き方であることを身をもって体験しました。
まとめ
株式会社を1人で運営することは、自由度や節税面で大きなメリットがある一方、社会保険や経理の手間など独自の課題も伴います。
特に役員報酬の設定や社会保険加入、経費計上のポイントを押さえることで、効率的な運営と節税が可能です。
自分に合った選択をするためには、個人事業主との違いを理解し、しっかりと準備を整えることが成功の鍵です。