「いきなり法人化」を検討していませんか?
節税や信用力アップに惹かれがちですが、安易な決断は社会保険料の負担増による手取り減や資金繰りの悪化を招く危険があります。
この記事では、法人化の失敗事例から具体的な7つの落とし穴、そして課税所得800万円といった税金の損益分岐点など、あなたが法人化すべきかを見極める明確な判断基準を解説します。
後悔しないための知識を身につけ、最適なタイミングを見極めましょう。
「こんなはずでは」いきなり法人化のよくある後悔・失敗事例
「法人化すれば節税できる」「社会的信用が上がる」といったメリットに魅力を感じ、事業が軌道に乗り始めたタイミングで法人化を検討する方は少なくありません。
しかし、十分な知識や準備がないまま「いきなり法人化」に踏み切った結果、「こんなはずではなかった」と頭を抱えるケースが後を絶たないのが現実です。
ここでは、実際に多くの方が陥りがちな後悔・失敗事例を3つご紹介します。
ご自身の状況と照らし合わせながら、法人化のリアルな側面を知ってください。
事例1 節税目的だったのに社会保険料で手取りが減った
Webデザイナーとして独立し、売上が1000万円を超えたAさん。
「所得が800万円を超えたら法人化すると節税になる」という情報を信じ、株式会社を設立しました。
役員報酬を月額50万円(年収600万円)に設定し、所得税や住民税の負担は確かに軽減されました。
しかし、最初の給与明細を見て愕然とします。
そこには、予想をはるかに超える社会保険料が天引きされていたのです。
法人を設立すると、たとえ社長一人であっても社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が法律で義務付けられます。
保険料は会社と個人で半分ずつ負担しますが、その原資はすべて会社の売上です。
Aさんの場合、個人事業主時代は国民健康保険と国民年金で済んでいましたが、法人化によって負担が大幅に増加。
節税できた税額よりも社会保険料の負担増の方が大きく、結果的に手元に残るお金(可処分所得)が減ってしまうという皮肉な結果になりました。
下の表は、年収600万円の場合の個人事業主と法人(役員)の社会保険料負担の目安です。
その差は歴然としていることがわかります。
区分 | 個人事業主 | 法人(役員) |
---|---|---|
公的医療保険 | 国民健康保険料 (自治体・年齢により変動) 約50万円/年 | 健康保険料 (協会けんぽ東京支部・40歳未満の場合) 約59万円/年(うち個人負担 約29.5万円) |
公的年金 | 国民年金保険料 約20万円/年 | 厚生年金保険料 約110万円/年(うち個人負担 約55万円) |
年間合計負担額 | 約70万円 | 約169万円 (うち個人負担 約84.5万円) |
※上記はあくまで概算です。実際の金額は自治体や加入する健康保険組合、報酬月額によって異なります。
このように、税金面だけのシミュレーションで法人化を決めると、社会保険料という大きなコストを見落とし、手取りが減少するリスクがあるのです。
事例2 事務作業に追われ本業に支障が出た
ITコンサルタントとして活躍していたBさんは、取引先からの信頼度アップと今後の事業拡大を見据え、合同会社を設立しました。
コストを抑えるため、経理や税務申告は会計ソフトを使い、すべて自分で行う計画でした。
しかし、この判断が大きな誤算となります。
法人の経理は、個人事業主の確定申告とは比較にならないほど複雑で専門的な知識が求められます。
日々の記帳はもちろん、給与計算、源泉徴収、年末調整、社会保険の手続き、そして年に一度の決算と法人税申告など、やるべきことが山積みです。
Bさんは慣れないバックオフィス業務に膨大な時間を費やすことになり、本来の強みであるコンサルティング業務に集中できなくなってしまいました。
その結果、新規案件の獲得が滞り、売上が伸び悩むという本末転倒の事態に陥ってしまったのです。
個人事業主時代にはなかった、法人ならではの主な事務作業には以下のようなものがあります。
- 役員報酬の決定と議事録作成
- 毎月の給与計算と源泉所得税の納付
- 社会保険・労働保険に関する手続き(算定基礎届、年度更新など)
- 年末調整と法定調書の作成・提出
- 決算書の作成(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書など)
- 法人税・法人住民税・法人事業税の申告と納税
- 株主総会(株式会社の場合)の開催と議事録作成
これらの事務作業をすべて一人でこなそうとすると、本業を圧迫するだけでなく、ミスによる追徴課税などのリスクも高まります。
専門家である税理士に依頼するコストを惜しんだ結果、それ以上の機会損失を生んでしまう典型的な失敗例です。
事例3 赤字なのに税金の支払いに追われ資金繰りが悪化した
念願の飲食店を開業したCさん。当初は個人事業主としてスタートしましたが、融資を受けやすくするためにと、開業後すぐに法人化しました。
しかし、オープン景気が落ち着くと客足が伸び悩み、事業は赤字状態に。
利益が出ていないのだから税金の心配はないだろう、と高をくくっていました。
しかし、決算期が近づいたある日、顧問税理士から「法人住民税の均等割」として約7万円の納税が必要だと告げられます。
法人住民税の均等割とは、会社の所得(利益)が赤字であっても、資本金の額や従業員数に応じて課される税金のことです。
個人事業主であれば赤字の場合、所得税や住民税は課されませんが、法人はたとえ1円も利益が出ていなくても、存在しているだけで納税義務が発生します。
売上が立たず、日々の運転資金の確保にも苦労していたCさんにとって、この「赤字でもかかる税金」は大きな打撃でした。
利益が出ていない中からの想定外の支出はキャッシュフローを著しく悪化させ、資金繰りに奔走する日々が続くことになったのです。
個人事業主 | 法人(資本金1,000万円以下・従業員50人以下) | |
---|---|---|
所得に対する税金 (所得税・法人税など) | 0円 | 0円 |
存在に対する税金 (住民税均等割) | 発生しない (自治体により条件付きで発生する場合あり) | 最低でも年間約7万円 (都道府県民税2万円+市町村民税5万円) |
この事例のように、法人には「維持コスト」がかかるという認識がないまま法人化すると、赤字経営に陥った際に資金繰りを急速に悪化させる原因となります。
なぜ失敗するのか?いきなり法人化に潜む7つの落とし穴

「法人化すれば節税できる」「社会的信用が上がる」といったメリットに惹かれ、勢いで法人化してしまうと、思わぬ落とし穴にはまることがあります。
個人事業主とは全く異なるルールや義務が存在するため、安易な判断は後悔のもとです。
「知らなかった」では済まされない、法人化に潜む7つの具体的な落とし穴を詳しく解説します。
落とし穴1 設立だけで30万円近くかかる初期費用
個人事業主は税務署に開業届を提出するだけで、費用は一切かかりません。
しかし、法人を設立するには、それだけで数十万円のコストが発生することを覚悟しなければなりません。
特に一般的な株式会社の場合、最低でも25万円程度の法定費用がかかります。
以下は、株式会社と合同会社を設立する際にかかる法定費用の目安です。
専門家(司法書士など)に手続きを依頼する場合は、これに加えて別途報酬が必要になります。
費用項目 | 株式会社 | 合同会社 | 備考 |
---|---|---|---|
定款用収入印紙代 | 40,000円 | 40,000円 | 電子定款の場合は不要 |
定款認証手数料 | 30,000円~50,000円 | 0円 | 資本金の額によって変動 |
定款謄本手数料 | 約2,000円 | 0円 | 認証された定款の写し |
登録免許税 | 最低150,000円 | 最低60,000円 | 資本金の0.7%(最低額に満たない場合は最低額を納付) |
合計(電子定款の場合) | 約202,000円~ | 60,000円~ | |
合計(紙定款の場合) | 約242,000円~ | 100,000円~ |
このように、設立するだけでまとまった資金が必要になります。
事業を始める前の段階でこの出費は決して小さくありません。
落とし穴2 維持するだけでかかるコスト(法人住民税均等割)
法人化の大きな落とし穴の一つが、たとえ事業が赤字でも毎年必ず支払わなければならない税金の存在です。
それが「法人住民税の均等割」です。
個人事業主の場合、所得がなければ住民税はかかりませんが、法人は利益が出ていなくても、事業を継続している限り納税義務が発生します。
金額は資本金や従業員数、所在地の自治体によって異なりますが、最低でも年間7万円程度はかかります。
事業が軌道に乗らず売上が立たない時期でも、このコストは容赦なくのしかかってきます。
落とし穴3 負担が重い社会保険料の支払い義務
法人化すると、たとえ社長一人だけの会社であっても、健康保険と厚生年金保険(社会保険)への加入が法律で義務付けられます。
これが、法人化における最大の金銭的負担となるケースが非常に多いです。
個人事業主が加入する国民健康保険や国民年金とは異なり、社会保険料は役員報酬(給与)の金額に応じて決まります。
そして、その保険料を会社と個人で半分ずつ(労使折半)負担しなければなりません。
例えば、役員報酬を月額30万円に設定した場合、社会保険料の総額は約9万円となり、会社と個人がそれぞれ約4.5万円ずつ負担することになります。
個人事業主時代と比べて保障は手厚くなりますが、手取り額が大幅に減ってしまう可能性を十分に理解しておく必要があります。
節税効果を期待して法人化したのに、社会保険料の負担でかえって資金繰りが苦しくなるのは本末転倒です。
落とし穴4 複雑化する会計処理と税務申告
個人事業主の確定申告(青色申告)も簡単ではありませんが、法人の会計処理と税務申告は比較にならないほど複雑化します。
法人の会計は厳格なルール(企業会計原則)に則った複式簿記が必須となり、作成すべき決算書類も多岐にわたります。
税務申告においても、法人税だけでなく、法人住民税、法人事業税、地方法人特別税、消費税など、申告・納税すべき税金の種類が増え、申告書の作成は専門知識がなければ極めて困難です。
このため、ほとんどの法人が税理士と顧問契約を結ぶことになります。
もちろん、これには年間数十万円の顧問料という新たなコストが発生します。
このランニングコストを見落として法人化すると、後々大きな負担となります。
落とし穴5 自由に使えない会社のお金
個人事業主と法人の決定的な違いの一つに、「お金の所有権」があります。
個人事業主の場合、事業で得た利益はすべて事業主個人のものです。
しかし、法人の場合、会社の利益はあくまで「会社のもの」であり、社長が個人的に自由に使えるわけではありません。
社長が会社からお金を得るには、「役員報酬」という形で給与として受け取る必要があります。
この役員報酬は、原則として事業年度の途中で自由に変更することはできません(定期同額給与)。
もし会社の口座から個人的な目的で資金を引き出すと、それは「役員貸付金」となり、会社が社長にお金を貸している状態になります。
これは税務調査で厳しくチェックされる対象であり、金融機関からの評価を下げる要因にもなり得ます。
事業の売上を、これまでのように生活費として気軽に使えなくなるという不便さは、想像以上に大きいものです。
落とし穴6 個人事業主より厳しい税務調査
一般的に、法人は個人事業主よりも税務調査の対象になりやすいと言われています。
その理由として、取引規模が大きくなる傾向があることや、利用できる節税策が多いために税務処理の誤りが生じやすいことなどが挙げられます。
税務調査では、帳簿の正確性はもとより、以下のような点が厳しくチェックされます。
- 役員報酬の金額が不相当に高額ではないか
- 社長やその家族の個人的な支出が経費(特に交際費や福利厚生費)として計上されていないか
- 実態のない親族への給与支払いがないか
- 在庫の計上漏れはないか
ずさんな経理処理は、後に多額の追徴課税や延滞税といったペナルティにつながるリスクをはらんでいます。
法人としての社会的責任の重さを自覚し、日頃から正確な会計処理を徹底する必要があります。
落とし穴7 簡単には廃業できない手続きの煩雑さ
事業を始める際には、万が一うまくいかなかった場合の「終わらせ方」も考えておく必要があります。
個人事業主であれば、税務署に廃業届を一枚提出すれば手続きは完了します。
しかし、法人の廃業はそう簡単にはいきません。
会社をたたむ(解散・清算する)には、以下のような非常に複雑で時間のかかる手続きを踏む必要があります。
- 株主総会での解散決議
- 法務局への解散・清算人選任の登記
- 官報での解散公告(債権者保護手続き)
- 解散確定申告
- 債権の取立てと債務の弁済
- 残余財産の確定と株主への分配
- 清算確定申告
- 株主総会での決算報告書の承認
- 法務局への清算結了の登記
これらの手続きをすべて完了するには数ヶ月を要し、登記費用や官報公告費用、専門家への依頼報酬などで最低でも数十万円のコストがかかります。
「とりあえず法人化してみたけど、うまくいかないから辞めよう」という簡単な決断ができないのが、法人の大きなリスクなのです。
あなたは大丈夫?法人化すべきか見極める3つの判断基準

「いきなり法人化」の失敗は、タイミングを見誤ることで起こります。
前の章で解説したような落とし穴を避け、法人化のメリットを最大限に享受するためには、感情や勢いではなく、客観的な基準で判断することが不可欠です。
ここでは、あなたが法人化すべきか否かを見極めるための、具体的で重要な3つの判断基準を詳しく解説します。
ご自身の事業状況と照らし合わせながら、最適なタイミングを探っていきましょう。
判断基準1 税金の損益分岐点「課税所得800万円」
法人化を検討する最も大きな動機の一つが「節税」です。
個人事業主と法人では、利益にかかる税金の種類と計算方法が根本的に異なります。
この違いを理解することが、最初の判断基準となります。
個人事業主の所得にかかるのは「所得税」で、所得が増えるほど税率が高くなる「累進課税」が採用されています。
一方、法人の利益にかかるのは「法人税」で、税率がほぼ一定です。
この税率構造の違いから、一般的に「課税所得が800万円」を超えると、法人の方が税負担が軽くなると言われています。
ここで言う「課税所得」とは、売上から経費を差し引いた利益(所得)のことです。
まずは、所得税と法人税の税率を比較してみましょう。
課税される所得金額 | 所得税率 | 法人税率(中小法人の場合) |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 年800万円以下の部分:15% 年800万円超の部分:23.2% |
195万円超 330万円以下 | 10% | |
330万円超 695万円以下 | 20% | |
695万円超 900万円以下 | 23% | |
900万円超 1,800万円以下 | 33% | 年800万円超の部分:23.2% |
表を見ると、所得が900万円を超えたあたりから所得税率が33%となり、法人税率の23.2%を大きく上回ることがわかります。
これが「課税所得800万円」が損益分岐点と言われる大きな理由です。
さらに、法人化には税務上の大きなメリットがあります。
それは、自分への給与を「役員報酬」として経費にできる点です。
役員報酬には「給与所得控除」が適用されるため、課税対象となる所得をさらに圧縮できます。
個人事業主にはこの仕組みがないため、利益がそのまま所得として課税対象になります。
ただし、このシミュレーションは単純な税率比較に過ぎません。
実際には、前の章で解説した社会保険料の負担や法人住民税均等割などのコストも考慮する必要があります。
ご自身の事業の利益が安定して800万円を超える見込みが立ったとき、税理士などの専門家へ相談する最初のタイミングと言えるでしょう。
判断基準2 売上1000万円超えで発生する「消費税」
次に重要な判断基準が「消費税」です。個人事業主・法人を問わず、2年前(基準期間)の課税売上高が1,000万円を超えると、消費税の「課税事業者」となり、消費税を納める義務が発生します。
つまり、個人事業主として売上が1,000万円を超えた場合、その2年後から消費税の納税が始まります。
このタイミングで法人化(法人成り)を検討する方が非常に多いです。
なぜなら、法人を設立することで、消費税の納税義務をリセットし、最大で2年間、消費税の納税が免除される期間を作れる可能性があるからです。
具体的には、新しく設立された法人は、原則として設立1期目と2期目の基準期間(2年前)が存在しないため、免税事業者となります。
これにより、個人事業主のままなら課税されていたはずの消費税の納税を、合法的に先延ばしにできるのです。
売上1,000万円の場合、消費税額は約100万円(簡易課税などを除く)にもなるため、このメリットは非常に大きいと言えます。
ただし、この免税措置には注意点があります。
- 資本金が1,000万円以上の場合は、設立1期目から課税事業者になります。
- 設立1期目の上半期(特定期間)の課税売上高と給与支払額のいずれもが1,000万円を超えた場合、2期目から課税事業者になります。
また、2023年10月から始まったインボイス制度(適格請求書等保存方式)も考慮しなければなりません。
取引先が課税事業者である場合、インボイス(適格請求書)を発行できないと、取引先が仕入税額控除を受けられず、取引を敬遠される可能性があります。
そのため、売上が1,000万円以下であっても、取引先の都合に合わせてあえて課税事業者を選択するケースも増えています。
ご自身のビジネスモデルや主要な取引先との関係性を踏まえ、消費税の観点から法人化のタイミングを戦略的に判断することが重要です。
判断基準3 事業の将来性「融資・許認可・採用」
税金面だけでなく、事業の将来的な展望も法人化を判断する上で欠かせない基準です。
目先の損得勘定だけでなく、3年後、5年後に事業をどう成長させたいかを具体的に描いてみましょう。
資金調達(融資)
事業を拡大するためには、設備投資や運転資金のための資金調達が必要になる場面があります。
一般的に、法人は個人事業主よりも社会的信用度が高く、金融機関からの融資を受けやすい傾向にあります。
決算書の提出義務があるなど、経営の透明性が担保されていると見なされるためです。
日本政策金融公庫の創業融資などでも、法人の方がより大きな金額を調達できる可能性があります。
将来的に大きな資金調達を計画しているなら、法人化は強力な選択肢となります。
許認可や取引先の拡大
事業内容によっては、法人格がなければ取得できない許認可や、取引を開始できないケースがあります。
例えば、建設業許可の一部や人材派遣業などは、法人であることが前提条件となる場合があります。
また、大企業を取引先として開拓したい場合、コンプライアンスや与信管理の観点から「法人でなければ契約しない」という方針の会社も少なくありません。
BtoBビジネスで事業を拡大していくビジョンがあるなら、法人化は避けて通れない道かもしれません。
人材の採用
事業が成長し、従業員を雇用する必要が出てきたときも、法人化を検討するタイミングです。
求職者の視点に立つと、個人事業主よりも「株式会社」や「合同会社」といった法人の方が、安定性や信頼性を感じやすいでしょう。
また、法人は社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が義務付けられており、これが福利厚生として求職者への大きなアピールポイントになります。
優秀な人材を確保し、事業成長を加速させたいのであれば、法人化による信用の獲得と労働環境の整備は非常に有効な戦略です。
落とし穴を回避してメリットを最大化する方法

ここまで、いきなり法人化することの落とし穴について詳しく解説してきました。
しかし、デメリットを正しく理解し、適切なタイミングと方法で法人化すれば、個人事業主では得られない大きなメリットを享受できます。
この章では、法人化のメリットを再確認し、それを最大限に活かすための具体的な方法について掘り下げていきましょう。
メリットを再確認 社会的信用と節税効果
法人化を検討する最大の動機は、「社会的信用」と「節税効果」にあると言っても過言ではありません。
これらのメリットを改めて理解し、自社の事業戦略にどう活かせるか考えてみましょう。
社会的信用の向上
法人格を持つことで、個人事業主よりも格段に社会的信用が高まります。
これは、登記情報が公開され、誰でも会社の存在を確認できるためです。
信用が高まることで、以下のような具体的なメリットが生まれます。
金融機関からの融資が受けやすくなる点は大きな利点です。
事業拡大を目指す際、個人事業主よりも法人のほうが事業計画の信頼性が高いと判断され、高額な融資や多様な資金調達の選択肢が広がります。
また、取引先の開拓においても有利に働きます。
企業によっては「法人でなければ取引しない」という与信基準を設けているケースも少なくありません。
法人化することで、これまでアプローチできなかった大企業との取引や、公共事業への入札参加の道が開ける可能性があります。
さらに、人材採用の面でも法人であることはプラスに働きます。
求職者にとって、社会保険が完備され、経営基盤が安定しているイメージのある法人は、個人事業主よりも魅力的に映り、優秀な人材を確保しやすくなります。
多様な節税の選択肢
法人化による節税メリットは、単に税率が低くなるだけではありません。
経費として認められる範囲が広がり、多様な節税策を講じることが可能になります。
代表的なものが、経営者自身への給与(役員報酬)を経費にできる点です。
役員報酬には給与所得控除が適用されるため、事業所得がそのまま課税対象となる個人事業主と比べて課税所得を圧縮できます。
さらに、家族を役員にして役員報酬を支払うことで、世帯全体での所得分散も可能です。
その他にも、以下のような節税メリットがあります。
- 生命保険料の経費化:経営者を被保険者とする生命保険の保険料を、一定の条件下で損金(経費)として計上できます。保障を確保しながら、将来の退職金準備にも繋げられます。
- 出張手当(日当)の支給:定款や旅費規程で定めることで、出張時の日当を非課税で支給できます。これは会社の経費となり、受け取った役員や従業員の所得税もかかりません。
- 社宅制度の活用:会社名義で借り上げた物件を役員や従業員に貸し出すことで、家賃の一部を会社の経費にできます。個人で全額負担するよりも、実質的な家賃負担を軽減できます。
- 欠損金の繰越控除期間:事業で赤字(欠損金)が出た場合、その赤字を翌年以降の黒字と相殺できる期間が、個人事業主の3年間に対し、法人は10年間と長くなります。
個人事業主のままが有利なケースとは
法人化には多くのメリットがありますが、誰もが法人化すべきというわけではありません。事業の状況によっては、個人事業主のままでいる方が手元に残るお金が多く、自由度も高いケースがあります。以下の特徴に当てはまる場合は、焦って法人化せず、個人事業主として事業を継続・成長させることを検討しましょう。
- 所得がまだ少ない:前章で解説した通り、税金の損益分岐点は課税所得800万円が一つの目安です。所得がこの水準に達していない場合、社会保険料の負担増により、法人化するとかえって手取りが減ってしまう可能性が高いです。
- 事務作業に時間をかけたくない:法人化すると、会計処理や税務申告、社会保険手続きなどが格段に複雑になります。本業に集中したい、バックオフィス業務にコストや時間をかけたくないという場合は、個人事業主のシンプルさが有利です。
- 事業で得た利益を自由に使いたい:個人事業主は、事業で得た利益を生活費などに自由に使うことができます。一方、法人の場合、会社の資金はあくまで会社のものであり、経営者個人が自由に引き出すことはできません。役員報酬という形で計画的に受け取る必要があります。
- 小規模な事業を継続する予定:今後、大幅な売上拡大や従業員の雇用、大規模な資金調達などを計画しておらず、自分のペースで事業を続けていきたい場合は、法人化のメリットを十分に活かせない可能性があります。
会社設立形態の選択 株式会社と合同会社の違い
法人化を決断した場合、次に考えるべきは「どの会社形態を選ぶか」です。
現在、新規設立される会社のほとんどは「株式会社」か「合同会社」です。
それぞれに特徴があり、どちらが適しているかは事業の目的や規模によって異なります。
両者の違いを正しく理解し、ご自身のビジネスに最適な形態を選びましょう。
以下の表で、株式会社と合同会社の主な違いをまとめました。
項目 | 株式会社 | 合同会社 |
---|---|---|
設立費用(法定費用) | 約20万円~(定款認証5万円、登録免許税15万円~) | 約6万円~(登録免許税6万円~) |
社会的信用度 | 非常に高い。最も一般的な会社形態で、知名度も抜群。 | 株式会社に比べると低いが、近年は認知度も向上。 |
意思決定 | 株主総会で決定(所有と経営が分離)。重要な決定には手続きが必要。 | 原則として社員(出資者)全員の同意で決定。迅速な意思決定が可能。 |
利益の分配 | 出資比率(株式の保有数)に応じて分配。 | 定款で自由に決めることができる(出資比率によらない分配も可能)。 |
資金調達 | 株式発行による増資(外部からの出資)が可能。融資も受けやすい。 | 原則として社員からの出資。外部からの出資は手続きが複雑。 |
役員の任期 | 原則2年(最長10年まで伸長可能)。任期ごとに登記が必要。 | 任期はない。 |
こんな人におすすめ:株式会社
将来的に事業を大きく成長させたい、外部からの資金調達(出資)や上場(IPO)を目指している方には株式会社が適しています。
設立や運営にコストと手間はかかりますが、その分、社会的信用度は最も高く、ビジネスチャンスを広げやすい形態です。
こんな人におすすめ:合同会社
設立費用やランニングコストを抑えたい、個人事業主の延長線上でスピーディーに法人化したいという方には合同会社が向いています。
意思決定の自由度も高いため、オーナー経営者や少人数で事業を行う場合に適した形態と言えるでしょう。
近年では、Apple JapanやGoogleなど、大手外資系企業の日本法人が合同会社の形態をとっている例もあり、信用度が著しく低いというわけではありません。
いきなり法人化を決断する前に必ずやるべきこと

法人化の落とし穴と判断基準を理解した上で、「やはり法人化に進みたい」と考えた方もいらっしゃるでしょう。
しかし、勢いだけで手続きを進めてしまうのは禁物です。その決断が本当に正しいのか、後悔しないために、実行に移す前に必ずやるべき2つのことがあります。
これらは、あなたの事業の未来を左右する極めて重要なステップです。
専門家(税理士)への相談と収支シミュレーション
法人化を検討する上で、独断は最も危険です。
税金や社会保険、会計ルールは非常に複雑で、個々の状況によって最適な選択は大きく異なります。
必ず、客観的かつ専門的な視点を持つプロフェッショナルに相談しましょう。
特に相談相手として最適なのが、法人設立や中小企業の税務に詳しい税理士です。
税理士に相談することで、インターネット上の一般論では得られない、あなたの事業に特化した具体的なアドバイスを得ることができます。
相談の際に絶対に依頼すべきなのが、個人事業主のままの場合と法人化した場合の収支シミュレーションです。
具体的に手取り額がどう変化するのかを数字で比較・検討することで、感覚的な判断ではなく、事実に基づいた冷静な意思決定が可能になります。
項目 | 個人事業主の場合 | 法人(役員報酬を設定)の場合 |
---|---|---|
売上 | (A)事業の総売上 | (a)会社の総売上 |
経費 | (B)事業経費 | (b)会社の経費(役員報酬含む) |
所得・利益 | (C)課税所得 = A – B – 各種控除 | (c)会社の利益 = a – b (d)個人の給与所得 = 役員報酬 – 給与所得控除 |
税金 | ・所得税 ・住民税 ・個人事業税 ・消費税 | ・法人税 ・法人住民税 ・法人事業税 ・(個人)所得税 ・(個人)住民税 ・消費税 |
社会保険料 | ・国民健康保険料 ・国民年金保険料 | ・健康保険料(会社・個人折半) ・厚生年金保険料(会社・個人折半) |
最終的な手取り額 | (A – B) – 税金 – 社会保険料 | 役員報酬 – 税金 – 社会保険料 |
このシミュレーションを通じて、最適な役員報酬の金額や、法人化による節税効果が具体的にどのくらい見込めるのかが明確になります。
また、税理士には法人設立後の顧問契約も視野に入れ、設立手続きの代行や、活用できる節税策(社宅制度や出張手当など)、資金調達に関するアドバイスも求めると良いでしょう。
事業計画の明確化と資本金の準備
専門家への相談と並行して進めるべきなのが、事業計画の具体化と、その計画に基づいた資本金の準備です。
法人化は、事業の成長を見据えた経営判断であり、その羅針盤となるのが事業計画です。
事業計画で未来を具体化する
「なぜ法人化するのか」「法人化して何を成し遂げたいのか」を改めて自問し、それを具体的な計画に落とし込みます。
最低でも、以下の項目は明確にしておきましょう。
- 事業内容:誰に、何を、どのように提供するのか。事業の強みは何か。
- 経営理念・ビジョン:会社として目指す姿、社会に提供したい価値。
- 市場・競合分析:自社が戦う市場の規模や将来性、競合の動向。
- 収支計画:今後3〜5年間の売上、経費、利益の予測。
- 資金計画:設立費用や運転資金をどう調達し、どう活用していくか。
しっかりとした事業計画は、金融機関から融資を受ける際に不可欠なだけでなく、事業の方向性を見失わないための道しるべとなります。
会社の体力を示す資本金の準備
現在の会社法では資本金1円から会社を設立できますが、現実的ではありません。
資本金は「会社の体力」そのものであり、社会的信用を測る指標の一つです。
資本金の額は、少なくとも「設立にかかる初期費用 + 3ヶ月から半年程度の運転資金」を目安に準備するのが一般的です。
運転資金とは、売上が入金されるまでの間に発生する家賃、人件費、仕入れ費などの支払いに充てるお金のことです。
資本金が少なすぎると、設立後すぐに資金がショートし、事業継続が困難になるリスクがあります。
また、許認可が必要な業種(建設業や人材派遣業など)では、法律で最低資本金額が定められている場合もあるため、事前の確認が必須です。
友人や家族から一時的にお金を借りて資本金に見せかける「見せ金」は違法行為ですので、絶対に行わないでください。
自己資金でしっかりと準備することが、信頼ある会社の第一歩となります。
まとめ
「いきなり法人化」は、社会的信用の向上や節税といった魅力的なメリットがある一方、社会保険料の負担増、複雑な事務手続きなど、見過ごせない落とし穴も存在します。
後悔を避けるためには、課税所得800万円といった判断基準を参考に、ご自身の事業の現状と将来性を冷静に見極めることが不可欠です。
勢いで法人化するのではなく、まずは税理士などの専門家に相談し、綿密なシミュレーションを行った上で、最適なタイミングを判断しましょう。